「ノルマン」君の出張・出演履歴


青い目の人形「ノルマン君」展示と秋の写生大会児童作品展示会(主催 東陽小学校)

日時 12月11日(火)〜20日(木)午前10時〜午後8時 

場所 大野宿 美術珈琲 鳳来館2階←鳳来館ホームページへ (旧豊川信用金庫鳳来支店三河大野出張所)
рO536−32−2332 入場 無料    

ノルマン&作品展のポスター.pdf ←ポスターチラシご覧になれます

企画趣旨と展覧会の様子について(校長坂神よりの熱いメッセージ)

 本校にとって、青い目の人形展示会を、広く新城市内外の方々に呼びかけて行ったのは、今回が初めてです。
 新城市には、本校しか青い目の人形はありません。名前はノルマン君です。愛知県に9体あることが確認されていますが、男の子は本校のノルマン君だけです。きっと全国でも男の子はノルマン君だけではないでしょうか。この貴重な青い目の人形が本校にあることを、広く多くの人々に知ってもらうこと、そして、平和の尊さを訴えたい思いからこの展示会を企画しました。
 写真↓の鈴木よし子さん(能登瀬在住)は、80年前に富岡小学校へ校長先生と一緒に受け取りに行かれた方です。そのとき、青い目の人形は5体あったそうです。一つは本校のノルマン君、もう一つは豊橋西郷小学校のコネタさん、もう一つは富岡小学校の人形、あと2体は分からずじまいです(推測の域を越えないが)。
 今回の展示会について、NHKで報道されたり、中日新聞の県内版の記事に載ったりで、東三河の方々が結構お見えになりました。本当にうれしかったです。小坂井の小学校でも80年前に青い目の人形の歓迎会があったそうで、新聞の記事を見て懐かしくなって見に来られた方がいました。また、旧能登瀬小学校の卒業生の方(87歳)は、戦争中、ノルマン君はどこかへ行ってしまって、心配していた方が少なからずいて、その人たちが今回の展示会に75年ぶりに再会でき、感激されていました。この意味でも、この展示会を行って本当に良かったと思っております。
 また、西郷小学校区の稲垣さんに来てもらい、戦時中、お父さんが(教員)家に人形を隠されていたエピソードを児童に語ってもらいます。楽しみにしています。お父さんの勇気ある決断、人形には罪はないというきっぱりとしたお考えに児童はきっと感動すると思います。みなさん、青い目の人形に興味を抱かれた方は、いつでも東陽小学校へお越し下さい。ご自由にノルマン君を見て下さい。ノルマン君もきっと喜びます。


 本校児童3・4年生へノルマン君の思いでを語る鈴木よし子さんと、質問をする児童



青い目の人形展(主催 愛知青い目の人形友情交流会代表幹事 夏目勝弘)

日時 平成19年7月21日(土)〜8月11日(土)

会場 戦争と平和の資料館ピースあいち 
    〒465−0091 名古屋市名東区よもぎ台2−820 電話・FAX052−602−4222
    MAP ←クリックしてね 名古屋市営地下鉄東山線「上社」駅1番出口 北へ1q タクシー又は徒歩15分(駐車場なし)
    開館 火曜〜土曜(祝日の場合も開館)午前11時〜午後4時 休館 日曜・月曜・夏季休暇・年末年始 

企画趣旨

 1927年ごろ、日米関係が悪化するのを心配したアメリカ人ギューリック氏は、お互いの文化を交流することで子どもたちに平和の心を育てようと考え、1万2千体の青い目の人形を日本の学校や幼稚園へ送りました。
 その後日米は戦火を交えるこになり、敵性の人形としてこわされたり焼かれたりしましたが、全国で300体近い人形が密かに守られて今に伝わっています。愛知に残るエピソードを写真や新聞記事で紹介します。

 平成19年8月1日(水) 11時30分 紙芝居「青い目の人形」上演 成瀬勝洋(劇団うりんこ)


 

長崎歴史文化博物館で開催中の、青い目の人形と長崎瓊子(たまこ)展の様子が届きました。今回再会した165体のなかで男の子人形はノルマン君を含め3体。やはり、とても珍しい人形だそうです。展示された他の人形は新しく作られた洋服を着ているものが多いですが、ノルマン君は送られた当時の洋服を身にまとい、当時の様子をよく物語っていました。

      

  @青い目の人形展 入り口               A ノルマン君

       Bノルマン君       Cノルマン君と望月前校長先生    D 全国の青い目の人形



全国から80年ぶりに165体が再会
青い目の人形と長崎瓊子(たまこ)展 〜あれから80年、きずな、未来〜

日時   平成19年4月7日(土)〜6月10日(日)
会場   長崎歴史文化博物館

企画趣旨
 「青い目の人形」をご存知ですか。
 学校の片隅で静かにたたずむその姿を目にしたことがあるかもしれません。このお人形、日米の親善交流を願ったアメリカのシドニー・グーリック氏の呼びかけで昭和2年(1927)に日本中の子どもたちに贈られたものです。日本側でそれを受け入れたのは、民間の対外交流の中心人物であった渋沢栄一でした。人形は各地で大歓迎を受けましたが、太平洋戦争によって大部分が処分される憂き目に遭い、配布された約12,000体の内、現在ではわずか300体が確認されるだけとなっています。
 このたびの展覧会では、日本全国の幼稚園・小学校等のご協力のもと、北海道から九州まで約165体の人形たちの再会が実現されることになりました。また、答礼としてアメリカへ渡った日本人形58体のうち、長崎県が贈った「長崎瓊子」がアメリカから里帰りします。
 この機会を通して、改めて日米両国の友好はもとより、未来を担う子どもたちの国際交流世界平和の大切さについて考えます。
                                             

子どものあそび−ふしぎ・たのしさ・ゆめ−

日時    平成18年11月25日(土)〜平成19年1月28日(日)
会場    安城市歴史博物館   
                                            企画趣旨                            
 昭和のはじめに日米友好を願ってアメリカから「青い目の人形」が贈られ、そのお礼に日本からは日本人形が贈られました。「青い目の人形」初めは大歓迎され、大切にされましたが、アメリカと戦争となると「敵国の人形」としてつぎつぎと姿を消していき、戦後、愛知県で見つかっているのは九体だけです。展示したの九体の人形を見ながら、戦争と平和について考えたり、話し合ったりしていただければと思います。                           

 


愛知県の青い目の人形展

日時   平成2年817から21

会場   北設楽郡設楽町立田峯小学校

企画趣旨

 昭和の始め、アメリカ合衆国では新移民法が議会を通過し、排日運動が盛んになったころ、宣教師として日本滞在が長かった親日家のシドニー・ギューリック博士は、アメリカ合衆国の将来にとって、アジアにおける日本との友好関係の必要性を痛感された。

 ことに次の時代を担う子どもたちの心に国際友好の精神を育てることが大切を考え、世界親善協会を発足させて全米に呼びかけ、260万人市民の協力のもとに、12,739体の青い目の人形を集め、日本の子どもたちに友情のメッセンジャーとして贈りました。

このアメリカ合衆国の子どもたちの善意に答えて、日本でも当時の小学生による献金をもとに、58体の日本人形を答礼人形としてアメリカ合衆国の子どもたちに贈りました。しかし、こうした親善交流の努力の甲斐もなく、日米関係は不幸な時代へと突入してしまいました。

そして60余年を経った今、僅か200数体の「青い目の人形」と24体の「答礼人形」が、友情のメッセンジャーとしてそれぞれの国で、その使命を果たし続けております。

その1月、私たち田峯小学校の児童と職員・保護者は、アメリカ合衆国オハイオ州デイトン市並びにラスキン小学校の招待で、青い目の人形の里帰りを実現させることができました。そしてこの8月に、私たちは、ラスキン小学校の児童・職員並びにデイトン市教育委員会職員、合計16名を田峯に招待することになりました。

そこで、私たち田峯小学校では、愛知県にある8体の青い目の人形を一同に集め、60余年ぶりの青い目の人形の集いを開催し、日米友好の歴史の再認識と共に、友情と信頼の尊さを再認識したいと考えています。


青い目の人形サミット


日時   平成2年8月17日 金曜日  午後1時00分より2時30分まで

会場   設楽町立田峯小学校 図書室

内容   ・ 愛知県内の青い目の人形を一同に集め互いの人形を紹介しあう。

  青い目の人形保存校の互いの情報交換や交流を深める。

 青い目の人形を生かした国際理解教育の推進や平和教育の推進の在り方について協議する。

読売新聞 1990年7月17日(火曜日)

この夏、「青い目の人形」同窓会

63年ぶり設楽で戦禍くぐり8体

昭和二年、たくさんの「青い目の人形」が太平洋を渡って日本の小学校に贈られてきたが、県内に今も残っているのはわずか八体だけ。その八体すべてがこの夏、奥三河・設楽町の小さな小学校に集合、展示される。アメリカの姉妹校からやって来る児童の歓迎行事で、戦禍をくぐった人形たちは、六十三年ぶりに再び、友好大使を務める。

展示会場は設楽町立田峯小(今泉幸夫校長、児童十六人)。同小に残る人形「グレース・A・グリーン」が取り持つ縁で、今年正月、同小児童八人が人形の古里、アメリカ・オハイオ州デイトン市を訪問。田峯に伝わる子供歌舞伎を披露して、新たな友好の橋を懸けた。

その答礼として、デ市のラスキン小から夏休みの八月、子供たちが田峯にやってくる。歓迎のため、田峯小の先生、児童たちが県内の青い目の人形の同窓会を企画。長年、大切に保管してきた七校はそろって貸し出しを快諾した。

青い目の人形は、約一万二千体がアメリカの各都市で作られ、友好の証(あかし)としてパスポートと一緒に船で送られてきた。県内の小学校にも三百四十九体が配られた。しかし、その後の戦争で、「適の人形」として多くが焼き捨てられたり、壊された。

戦禍を免れたのは四十分の一―――。当時の先生たちが「人形に罪はない」とそっと隠して守った。特に西三河、東三河に残った。空襲の激しかった名古屋、尾張地方には一体もないらしい。残った八体も、名前だけは語り継がれているものの、三体はパスポートが紛失して出身地が分からない。

八体の人形は、ラスキン小一行が田峯に滞在する八月十七日から

二十一日までの五日間、勢ぞろいして、川遊び、キャンプを楽しむ日米の子供たちを見守る。

「グレース以外にも、大切にされてきた人形に会えるとは素晴らしい」――。訪日準備に忙しいラスキン小から田峯小に、期待のメッセージが届いている。

セルロイド製の人形たちは、各校の校長室などで大切に保管されてきた。ところが、服は色あせ、一部は額にひび割れしていて、半世紀の歳月の流れをうかがわせる。

「青い目の人形」が県レベルで一同に集められるのは、全国でも珍しい。八校をめぐって撮影した人形たちを、紙上で紹介する。

設楽町立田峰小 「グレース・A・グリーン」=出身地・オハイオ州デイトン

豊橋市立細谷小 「エセル・ディーン」=出身地・ネブラスカ州リンカーン

豊橋市立西郷小 「コネタ」=出身地・オハイオ州フパコネタ

額田町立宮崎小 「コルネ・デル」=出身地・不明

幸田町立幸田小 「グレース・エッサー」=出身地・不明

御津町立南部小 「ヘルン」=出身地・コネチカット州ハートフォード

田原町立中部小 「マーシャル・セントラル」=出身地・カンザス州マリーズビル

鳳来町立東陽小 「ノルマン」=出身地・不明

昭和2年に日本に配布された人形数 12,739体   現存数 236体

愛知県に配布された数          349体   現存数   9体



ノルマン君のページへ戻る

トップページへ戻る